ドミニク・クルーズ:引退と人生観

残念ながら腕がどうにもならなくなった。格闘技を続けたら日常生活でも腕を使えなくなる可能性がある。そしてそのリスクを負う価値があるかというのが問題だ。数百万ドルのファイトマネーならその価値があったかもしれないけど、それほどの額を貰うわけではない。

戦って、傷を癒して、そして教える。それが格闘技というもの。今俺は指導をしながら傷を癒すというフェーズにきた。好きな仕事を奪われたとしても、それが好きならやめる必要はない。ケージサイドで格闘技に何かを返せるなら、俺にとって幸せなことだ。大事なのは与えるということ。今後どうなるか分からないし、喪失感はあるけど、今は自分がもっているものを与えることにフォーカスしている。

T.J. ディラショーから連絡があって、肩の専門医を紹介してくれたよ。ユライア・フェイバーも連絡をくれた。それから最近F1を引退したダニエル・リカルドも連絡をくれて、引退後の気持ちについて共有してくれた。彼も危険なスポーツをしていたからね。人生で色々なことを経験した人間だから分かり合えることがある。

三度も膝の怪我をした。ただそれは神の意思なのか宇宙の法則なのか、そういったものに与えられた運命だったと思う。受け入れて流れに身を任せる時だった。復活は無理だから引退すべきだと言われたけど、俺は怪我と戦った。もう無理かもしれないと思ったけど、怪我が治って復帰することができた。若かったからね。でも今は年を取った。復帰して試合をすることは無理ではないと思うけど、こうも考える。他の仕事もできるのに40で復帰するのかと。

アリエルとのインタビューで俺は言った。人生最高の瞬間はベルトを獲った瞬間ではなくて、ベルトが無くても幸せだということが分かった瞬間だと。苦労をしてようやくベルトを獲った時、何も変わらなかった。あれだけの代償を払って、得たものはこれかと思った。少しがっかりもしたよ。それで、幸せになるためにベルトは必要ではないことが分かったんだ。皆はベルトを獲ればすべてが変わると思っているけど、そんなことはない。運が良ければ大金を得て快適な暮らしをするかもしれないけど。

タイトル戦(T.J. ディラショー戦)のキャンプ中に抗うつ剤を飲んでいた。でも現役中はそういうことは言わなかったよ。言い訳になってしまうからね。引退した今だから、経験を伝えるという目的でこの事を話している。

2年半で3回も膝を負傷した。試合もトレーニングもできない状態が続いた。悲しい気持ちになって、うつ状態になってしまった。11歳からトレーニングをしていたのに急にできなくなったんだ。そのことが、脳内の化学物質に影響を与えたんだと思う。格闘技だけが取り柄だったのに、それが出来なくなって全てがダメになったような気分にもなった。俺は不機嫌な態度をとっていて、友人とか家族とか周りを寄せ付けなかった。だから誰からのサポートもなかったんだ。怪我をするたびに学びがあったよ。幸せかどうかは選択の問題だということも学んだ。

抗うつ剤をやめるのが怖くて少量だけどずっと続けていた。でもコーチに止めるように言われて3週間だけやめてみたら、スパーリングで調子が良かった。信頼できる人間が周りにいることが大事だ。コーチは俺の様子がおかしいことに気付いてくれた。新しいコーチだったら気が付かなかっただろう。抗うつ剤が必要な人もいるし、それで状態が良くなる人もいる。ただ俺はあの時以降は必要がなくなった。完璧な人間はいない。外からそう見えても、誰もが色々な事を抱えている。

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